FIRE研究

FIREにおける4%資産取崩しルールは正しいのか? トリニティスタディの研究

FIREとは、資産を形成してその資産から生み出される収益だけで(Financial Independence) 、働かず(Retire Early)に暮らしていくということ。

資産で暮らしていく、例えば、積み立てした投資信託で暮らしていくという場合は、徐々に資産を取り崩していくということになる。多くのFIRE理論では、資産減ることがない、いわば永久機関の資産取崩し率は4%(4%ルール)としている。

これは、5000万円を貯めたとした場合、資産5000万円 x 4% = 年間200万円だけ取崩していくということになる。しかし、年間200万というのを月間に直すと、16.6万円が生活費となり、暮らしていけそうにない。5000万貯めてもFIREできそうな気は全くしない。4%の取崩しルールは、言い換えれば、年間生活費の25倍なので、年間生活費が400万円であれば、FIREをする前に1億円の資産形成が必要となる。

その一方で、アメリカの株式インデックス、S&P500の設定以来の平均年間リターンは10%程度である。10%であれば、資産5000万円 X 10% = 500万円であり、前述の年間生活費400万を上回る。月間に直すと41.6万円となり、これであれば、十分すぎるほど余裕がある生活ができる。

この取崩し率が、FIRE資産をいくら貯めなくてはいけないか?という試算につながるFIREにおけるもっとも重要な指標だ。ということで、取崩し率は、4%なのか、それとも10%なのか、その中間の7%なのか? この記事ではその疑問に答えていく。

トリニティスタディには一体何が書いてあるのか?

FIREにおける4%ルールは、トリニティスタディという論文を元にしている。この論文は、「Retirement Savings: Choosing a Withdrawal Rate That Is Sustainable」*1という題名で、言い換えれば、「老後の貯えをどのくらいの率で取り崩していけば安全かなのか?」となる。

トリニティスタディは、1998年に米国で発表されたもので、1995年までの米国の株式・債券、インフレーション率などのデータを元に構成されている。そこで、この記事では、後続の研究となり、2009年までのデータを使った「Portfolio Success Rates: Where to Draw the Line」*2という題名の研究「成功する資産配分、取り崩し率がどのくらいなのか?」のデータ(以下、トリニティスタディの後続の論文)を参照しながら、4%ルールが妥当なのかを解き明かしていきたい。

トリニティスタディとは、株と債券の運用バランと運用期間から取崩し率を算出する研究

トリニティスタディは、アメリカの退職者向けに
1) 運用資産における、株式と債券の割合のシュミレーション(100%株式、75%株式&25%債権、50%株式&50%債権、25%株式&75%債権、100%債権)
2) 退職してから死ぬまで何年なのか?(資産運用期間:そのポートフォリオがなくなってはいけない期間は何年か?)
をベースに、取崩し率 (3%から12%まで)のシュミレーションしている論文である。

この背景には、1998年当時は、老後の資金(つまり、FIRE後の資金)は、株式ではなく、より安全な債券で運用するということが常識であった。1998年発表されたトリティスタディは、価格の上下運動が少ない=リスクが少ないが、リターンも少ない債券ではなく、株式をポートフォリオに組み入れれば、老後資金がより高い取り崩し率でも、安定して資産運用ができると主張をするために書かれたかなり古い論文である。

言い換えれば、4%が正しいかは、ポートフォリオのバランスと、運用期間によるというのがトリニティスタディの結論である。

4%ルールで運用すると30年後で資産が16倍になると記載されている

トリニティスタディを最新のデータでアップデートした論文でのデータを使った試算は以下になる。

論文のデータ前提
1) 100%、米国大企業の株で運用する(為替の変動や税金等は考慮しない)。
2) 初期資産(5000万円)X 以下の特定の取り崩し率を月額で下ろしていく。4%であったら、5000万円 X 4% = 200万円 / 12か月で、約17万円が生活資金となる。
3) 成功した資産運用モデルの中央値を採用(これは後述)

上記のデータを元に、この記事では、5000万円もってFIREしたと仮定して、トリニティスタディのデータに当てはめたのが以下の図である。

試算結果としては、4%の取り崩し率だと、30年間後で資産はなんと15.6倍の7.8億円に到達する9%で取り崩した場合、つまり、月額の約38万円ずつ取り崩した場合は、30年後に1.23億とそれでも倍になっている。

しかし、10%で取り崩す失敗する。運用期間が20年ぐらいの場合は資産は減らないが、より長期的な経済のサイクルの影響には耐えらず、運用期間が25年だと資産は半分となり、30年ではほぼ資産がなくなるモデルとなる。

最大推奨取崩し率は8%?

上記の表だけ見ると最大取崩し率は9%が正解となるが、実はそうとも言えない。というのもこのデータは、中央値のデータだからだ。

中央値のデータというのは、FIREを開始する(資産運用を開始する)時期によってパフォーマンスは大きく影響を受けるということだ。例えば、100年に一度の株価の下落(株価は半分になった)が起きたリーマンショック時に資産5000万円、それを株で保持していて、FIREを開始するとする。リーマンショック後には、1円も使わなかったとしても、資産は半分の2500万円となる。このようにFIREはスタート時期が重要なのだ。

つまり、始めた時期をいろいろとずらしてみての試算が必要することで、より安全なFIREにおける取り崩し率がたたき出せる。トリニティスタディの後続の論文では、1926年から2009年までのデータを使いさまざまな年代にFIRE生活をスタートさせて資産を行っている。以下がその成功率だ。

成功とは、運用期間後に1円以上資産が残っていたものを成功と定義している(5000万円以上をキープした=資産が減らなかったわけではない)。これは、Die with Zeroの精神であり、死ぬときに遺産を残していても仕方がないという考え方だろう。

この表によると8%で取り崩しを行った場合、30年後には76%のモデル(パターン)で資産が0にならなかったということだ。トリニティースタディの後続の論文では、FIRE資金(退職資金)という性質も含めて25%以下の失敗率を推奨している。つまり、30年の運用期間ならば、8%が推奨の取崩し上限といえる。さらに、この場合でも30年後のFIRE資金は、5000万円が2.7億と5.4倍まで成長しているのが中央値だ。

30年間の運用期間でどんなケースでも資産がなくならなかった成功率100%のケースの取崩し率は3%となる。4%でも、2%のケースで資産が枯渇=失敗している。ただし、資産の上下によって、少しのアルバイトを行い生活費を支えるなどのことを行えばこのような破綻のリスクは下げられると考えられる。つまり、取崩し率が6%で、30年後の93%のケースで成功ということは、現実的には、6%でにほぼ100%の成功といってよいのではないか?

株式のみのポートフォリオでいいのか? 債権も入れて7%が推奨?

上記の試算は株式のみのポートフォリオとなっている。FIRE生活などでは、より安定性を求めて株式だけでなく、より値動きが少ない債券を買うことを考慮に入れるべきだ。トリニティスタディの後続の論文では、株式を50%以上(債券は50%以下)のポートフォリオを組み、取崩し率は7%が推奨されている。ただし、株式100%で運用する場合は、8%で問題ないと考えられる。

物価上昇=取崩しが足りないリスクを加味してみよう

ここまでくると安全な引き出し率は、7%から8%と結論づけられそうであるが、インフレによる物価上昇リスクについても考えなくてはいけない。つまり、8%で、月額33万円というのは、今の物価では十分可能であるが、物価上昇(インフレ)によって、生活費が足りなくなるという想定だ。もちろん、トリニティスタディの後続の論文でも、インフレについて加味した試算も実施されている。

条件としては、米国のCPI(消費者物価指数)を採用しているため、日本の経済状況とは異なるが(日本は、長らく物価上昇がないデフレの状況が続いている)、概ね7%が最大取崩し可能ラインになることがわかる。

結論は5% or 6%?

前述した資産運用の成功率も見ていかないといけない。

5%が最大の取崩しの望ましいラインといえる。ただし、資産の成功率が低くなっているのは、米国の70年代の高インフレ&低成長時代のデータの影響がある。もちろん、経済は何が起こるかわからないが、6%でも現実には十分問題はないだろう。

なお参考にしたトリニティスタディーの後続の論文では、4%から5%のラインが推奨値であるが、これは、株式100%で運用することを想定しておらず、債券も混ぜて運用することを想定していることも影響している。そして、資産に大打撃を受けた場合、取崩し率を一時的に下げる=アルバイト等をするだろうという当たり前の人間の行動も加味すると、現実にはもっと成功率は上がることが想定される。

結論: 4%ルールは低すぎる

結論は、資産を米国株式で100%で運用する場合は、4%ルールは低すぎると推察できる。

非インフレモデルで8%、5000万円貯めて、月33万円。インフレ考慮モデルでも、5%(もしくは6%)、5000万円貯めて21万円+インフレ加味した加算というのが、推奨の数値だろう。

原文を読みたい方へ

*1 Retirement Savings: Choosing a Withdrawal Rate That Is Sustainable (トリニティスタディ)
https://www.aaii.com/files/pdf/6794_retirement-savings-choosing-a-withdrawal-rate-that-is-sustainable.pdf

トリニティスタディの5つの結論(翻訳)
1) 早期リタイアを望む人は、低い取り崩し%を計画したほうがいい。
2) 低い取り崩し率であれば、自分の資産運用計画に債券を入れたほうが、成功率(長期にわたり資産がなくならない)が上がる。しかし、株式を入れることで、より高い取り崩し率での資産運用の成功率が上がる。よって、資産運用において、少なくとも50%以上は、債券ではなく株式で運用したほうがいい。
3) インフレによる物価上昇を加味して引き出し率を上げたい場合は、そうでない場合に比べて、最初の引き出し率を少なくする必要がある。
4) 株式中心で資金運用する場合に、取り崩し率を3%から4%に設定することは、必要以上に保守的な行動(For stock-dominated portfolios, withdrawal rates of 3% and 4% represent exceedingly conservative behavior. )といえる。これは、巨大なターミナルバリュー(Terminal Value: 資産の残存価値、この場合は、資産運用者が死んだ場合つまり遺産ということになる)を生み出すことになる。
5) 15年以下の退職金運用期間(リタイヤしてから15年以内に資産がなくなってもよい=死亡する)場合は、株式中心であれば、8%から9%の取り崩し率でも問題ない。ただし、通常の退職金運用期間はもっと長い。

このようにトリニティスタディでは、取り崩し率4%(4%ルール)を推奨しているわけではない。

*2 Portfolio Success Rates: Where to Draw the Line (トリニティスタディの後続の論文)
https://www.financialplanningassociation.org/article/journal/APR11-portfolio-success-rates-where-draw-line

この論文のサマリー
・様々な年代でテストした退職資金運用試算モデルの成功率を75%規定すると、少なくとも50%が大企業の株式で構成された資金運用モデル(残りの部分は、高格付け社債)であれば、運用スタート時の資産の7%という固定額を引き出し続けることができると結論付けた。
・引き出しに関して、インフレ調整(徐々に取り崩し金額を上げる)を計画している場合は、少なくとも50%以上の大企業の株式で構成した資金運用モデルから、初期の引き出し率を4%から5%の範囲で低く計画する必要があることを示唆している。
・金融市場状況の予期せぬ変化に応じて、引き出し率または引き出し金額を柔軟に変更するべき。

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