株式投資はギャンブルか?という問いに対して、単純な「Yes/No」で答えることはできない。投資の中にはギャンブルに近い性質を持つものもあれば、そうではないものもある。その上で、投資の話をするとき、次のようなエピソードを聞いたことがある人も少なくないだろう。
「親戚のおじさんが、株で全財産を失ったらしい。」
実際、私自身も「株に手を出すのは危ない。ギャンブルみたいなものだからやめておきなさい。お金が必要なら、まずは仕事を頑張るべきだ」と母親から言われた経験がある。
このような話を聞くと、人は投資全体を危険なものだと感じやすい。行動経済学では、これを「プロスペクト理論(損失回避)」と呼ぶ。
人は、同じ金額であれば、利益の喜びよりも損失の苦痛を強く感じる傾向があるからだ。そのため、身近な「失敗談」は強く記憶に残り、「投資=危険」「株=ギャンブル」という印象を過剰に強めてしまう。
なぜなら、同じ「株式投資」という言葉であっても、
投機的なもの: 短期間で大きな値動きを狙う取引
投資的なもの: 長期にわたって分散し、積み立てる資産形成
では、リスクの性質も、結果の再現性もまったく異なるからである。
本記事では、「投資はギャンブルなのか?」という素朴な疑問について、感情や成功談・失敗談ではなく、構造と理論の観点から整理していく。
そもそも投資とギャンブルは何が違うのか
この章では、ギャンブルと投資の違いを「期待値」という観点から整理する。
ギャンブルの定義は「期待値がマイナス」
一般にギャンブルとは、偶然性の高い結果に金銭を賭ける行為であり、胴元が存在することで、長期的には参加者が不利になる構造を持つ。
確率論の観点からも、こうした行為は繰り返すほど損失が確定しやすい。
ギャンブルには必ず胴元が存在し、胴元が長期的に利益を得る構造になっている。個々の勝敗はランダムであっても、繰り返せば繰り返すほど、参加者全体では必ず負ける。また、ギャンブルには再現性がない。ある人が勝ったとしても、それは偶然の結果であり、同じ行動を繰り返しても同じ結果が得られる保証はない。
投資の本質は「プラスの期待値を積み上げる行為」
一方、株式投資の本質はギャンブルとは異なる。株式投資のリターンの源泉は、企業が生み出す利益や、経済全体の成長にある。
株式投資全体で見れば、企業活動は付加価値を生み出し続けており、そこから配当や株価上昇という形でリターンが生まれる。これは、参加者同士でお金を奪い合うゼロサムの世界ではなく、価値が創出される世界だ。また、長期的なデータを見ると、市場全体の成長には一定の統計的傾向が存在し、確率論や統計が成立する。この点において、投資は単なる運試しではない。
ただし、短期トレードはこれには当たらない。つまり、ギャンブルに非常に近い。
株式の短期トレードがギャンブルに近い理由
短期トレードは基本的に転売ゲーム
短期トレードは、ギャンブル性が高くなりやすい。短期トレードは株を買って誰かに売るという転売行為なので、構造的にはギャンブルに近い性質だ。つまり、自分より高く株式を買ってくれる人がその日いるのか?いないのか?というゲームである。結果として利益が出る日もあれば損失が出る日もあるが、その事前の期待値を安定して見積もることは極めて難しい。
特に低位株投資の中でのイナゴ投資などは、事実上ババ抜きゲームを証券市場でやっているものだ。先に参加したイナゴが、後のイナゴから株を転売する。そして、どこまでイナゴがくるは分からない。最終的に株を持っていたイナゴが負けるということになる。
この構造の中で継続的に勝ち続けるのは、極めて難しいと言えよう。ギャンブラー、相場師の世界観である。
個人投資家が短期トレードが勝てない理由
例えばHFT(High Frequency Trading)という物がある。これは、高度なアルゴリズムと高速通信技術を活用し、ミリ秒以下の時間間隔で大量の売買注文を自動執行する高頻度取引手法である。1秒間に数千回から数万回の取引を行うことも珍しくない。
このような巨大な装置を使って市場に向き合う機関投資家に対して個人投資家は、情報量や取引環境の面で不利になりやすい。つまり、情報の非対称性があり、これについても期待値がマイナスになりやすい。
SNSで広がるギャンブル投資
短期トレードが魅力的に見える理由の一つが、SNSの存在だ。イナゴ投資やミーム株投資などは、それ自体が面白い投資エンターテイメントであるため、SNS上でもよく取り上げられる。
多くの失敗者は市場から退場し、声を上げなくなる。その結果、成功例だけが可視化され、あたかも再現性があるかのように錯覚してしまう。この現象は、心理学や統計学で「生存者バイアス」と呼ばれている。
生存者バイアスとは、成功した事例だけが目に入り、失敗した事例が見えなくなることで、現実よりも成功確率を高く見積もってしまう認知の偏りを指す。
短期トレードやギャンブル的な投資では、勝った人だけがSNSやメディアで語られやすい。一方で、損失を出して市場から退場した人の多くは沈黙する。その結果、「短期トレードでも勝てる人が多い」という誤解が生まれやすい。
例えば、ジェイコム株誤発注事件がある。新興企業ジェイコムの新規上場初日、みずほ証券は「1株61万円で1株売り」とすべきところを、誤って「1株1円で61万株売り」という注文を出してしまった。
本来存在しない株数の売り注文が市場に放出され、株価は急落。しかも当時の東京証券取引所のシステムでは注文取消が受け付けられず、混乱は拡大した。この歪んだ需給の中で大量の買い注文を入れたのが個人投資家のB・N・F氏である。氏は市場の異常を冷静に見極め、結果として20億円以上の利益を獲得したと言われている1。
ジェイコム事件は一発で20億円という派手さから今でも語り草になっている。自分もということになるが、この事象は、これ以外にはあまり聞かないほどの例外である。
このような派手な投資結果を利用し、人々の射幸心をあおり投資詐欺に持ち込むというのも一種の詐欺の手法だ。とにかくギャンブル的な投資では期待値問題から勝てないと考えたほうが得策だろう。
長期・分散・積立投資はギャンブルではない
長期投資は「時間」を味方につける
長期投資の最大の強みは、時間を味方につけられる点にある。短期的な価格変動は予測が困難だが、長期で見れば経済成長や企業利益の積み上げがリターンに反映されやすくなる。また、複利の効果によって、時間が経つほど資産形成の効率は高まる。短期的な上下動というノイズは、長期の視点では相対的に小さくなる。
分散・積立がギャンブル性を消す理由
分散投資と積立投資は、ギャンブル性をさらに低下させる。分散によって特定のリスクに依存することを避け、積立によって購入タイミングへの依存を排除できる。
特に株式指数(インデックス)には長期的なデータが用意されており、将来は保証できないものの過去データを使って期待値は計算できる。
これにより、投資成果は特定の運やタイミングではなく、戦略そのものに依存するようになる。つまり、再現可能な資産形成手段へと変わる。
この点において、長期・分散・積立投資は、ギャンブルとは明確に異なる。
投資はギャンブルではないが、やり方次第でギャンブルになる
投資は一言では語れない。短期・集中・感情に左右された売買は、投資をギャンブルに変えてしまう。
一方で、長期・分散・積立を前提とした投資は、再現性のある資産形成の手段となる。問題は「投資そのもの」ではなく、「どのような投資を選ぶか」が、ギャンブルかギャンブルではないかを決める。
もし、投資をあえてギャンブルとして行うのであれば、それは「失っても生活に影響のない金額」に限定すべきである。
補足: ギャンブルはほどほどに
長期・分散・積立を前提としたインデックス投資の普及に尽力した山崎元 氏(故人)も、私生活では競馬好きとして知られていた2。ギャンブルそのものを否定する必要はないが、少なくとも資産形成の手段として適しているとは言い難い。問題はギャンブルそのものではなく、ギャンブルと資産形成と混同してしまうことにある。
ギャンブル依存症についての消費者庁の対策3に含まれているのは、公営ギャンブル、宝くじ、ぱちんこである。その点からは、政府はギャンブルとしてはみなしていないが、期待値や再現性の観点ではギャンブルに近い性質を持つ。


